「過労死社会」と学校Ⅱ
(まとめ・文責)遠藤
司会:
今日はいろいろなイベントが重なっているようです。お集まりいただいてありがとうございます。
なぜ、春のセミナーのテーマを「過労死社会」と学校にしたのか?
2014年「過労死等防止対策法」ができて、政権は「働き方改革」と言っているが、整合性があるのか?と疑問に思っている。川人先生には、2006年の全進研大会において同じテーマで講演をいただいた。あれから10年経つが、状況はどうなったのか? 「学校現場における長時間労働の問題」も言われ始めていることもあり、80年代の終わりから、ずっとこの問題に取り組んでいらっしゃる先生に改めてお話をお願いした。
講演:「過労死社会」と学校<Ⅱ>
川人 博さん(過労死弁護団全国連絡会議幹事長)
【1】簡単な自己紹介
40年位前に弁護士になった。その頃から労働問題に取り組んでいるが、「過労死問題」を全面に出して取り組み始めたのは1998年くらい、30年程になる。
【2】過労死の深刻な実態と防止法の成立
1.明治・大正期・昭和初期にも発生していた過労自殺の実態
今日は学校関係者が多いということで、この中には社会科の先生もいらっしゃると思うが、過労死問題を扱うのであれば、歴史を遡らなくてはならないと思う。
※ここで、「ある湖の物語」1963年NHK放映「過労自殺 第2版」(岩波新書138頁)の1部を放映
富岡製糸場が世界遺産になり、賛美されているが、製糸場の労働問題の研究がされ発表もされている。官営でフランスの工場がモデルになっているので設立当初の労働環境は良かったとされているが、民営化され、過酷な労働条件となり、自殺者も多かった。製糸産業がこの頃の産業の発展に貢献したことを否定するわけではないが、報告があまりにもバランスを欠いていると思う。
戦前の労働史は学問的にも教育的にも重要であると考える。女工哀史の労働実態は今に引き継がれていると思う。大正時代、「諏訪湖母の家」など女工救済の活動があった(今でいうNGO)。この時代、男性労働者について、坑内労働については規制が行われていたが、一般的にはなかった。
戦後の新憲法の下で、1947年、労働基準法制定 1日8時間労働にはなったが、労使の協定があれば労働時間の制限はないに等しかった。
2.戦後経済成長と長時間労働
日本的経営システムの中に、長時間労働が組み込まれる。
その方法
1.サービス残業(無給残業)による非合法的な長時間労働
2.労使協定(36協定)で長時間労働を合法化
3.休暇取得の少なさ
3.1980年代後半
働く人々の脳心臓疾患の突然死が頻発
1988年「過労死110番」がスタート
※ボランティア活動 富士の樹海や東尋坊の立て札
戦前と変わっていない。
4.1990年代前半バブル
バブル経済が崩壊し、日本は長期にわたる不況となる
「生き残り」をキーワードにして、長時間労働による過労、
雇用不安によるストレスが職場に広がり、精神疾患・自殺が激増する。
※川人さんが扱ったケース
2003年12月行方不明 富士の樹海における過労自殺
※現在はオリンピック問題。日本の過労死問題に関わっても深刻。新国立競技場を作っている。工期が大幅に遅れている。劣悪な労働環境において、過労自殺がおこった(係争中)
5.最近12年間(2004年〜2015年)の労災認定数
・脳・心臓疾患、精神障害・自殺の労災認定件数
年間 約420件~約810件
・うち死亡事実(自殺未遂を含む)
年間 約170件~約220件
※労災保険制度における労災認定(業務上決定)は、過労死の氷山の一角
※警察庁の統計によれば、1日に約6人 勤務問題が原因・動機で死亡している。
6.過労死等防止対策推進法(過労死防止法)
2014年6月20日、現代日本の過労死・過労自殺の深刻な実態を改善するために、国会で成立。
※全会一致で成立した過労死防止法には、過労死を防止する総合的政策の実施は「国の責務」と明記されている。
【3】具体的事例と防止対策
1.過労死の最高裁判決
(ニュースの画像)
3日に1度は朝の6時まで仕事、2ヶ月で14回も徹夜、会社の責任を認めた。 「使用者たるものは労働者の心身の健康に責任を負う」とした。
最高裁第二小法廷2000年3月24日判決
会社は遺族に謝り、改善したと思われた。
2.しかし、最近また、過労死が発生
電通女性社員事件
2015年(H27年)4月入社。10月本採用。
過酷な労働時間の状態が続く。
この結果、10月から11月にかけて急激に心身の健康が損なわれ、うつ病を発症し、12月下旬、死亡。
※うつ病は一気に悪化し、衝動的な自殺に結びつくという実態がある。
3.なぜ、彼女が死に追い込まれたのか?
例えば、懇親会に会場選定、二次会の会場の確保にとどまらず、懇親会の進行一切。食事内容・席順・司会・花束・酒の手配・余興などの30項目ものチェック項目がある。
4.彼女の死の原因・背景にあるもの
・「鬼十則」に象徴される電通固有の労務管理
・業務目的達成が、働くものの健康より優先する思想・職場風土。過労死の発生した職場で、不正が行われていた。
※業務量過多・人員不足の中で、一方では過労死が発生し、他方では不正が発生。多くの職場で、過労死と業務不正が同時に発生している。
5.電通の改革は可能か?
①社内改革と一部実施
②経営者が事実と真摯に向き合い、批判を謙虚に受け止めること。
③社会的な監視体制
4月12日、遺族と弁護士 電通ホールにて
講演・研修10の提言、監視を続ける
【4】他社にも共通するもの(特に第3次産業)
1.過剰サービスによる業務量の増大「お客様は神様」「クライアントファースト」の行き過ぎがある。
2.精神疾患の数、すごいペースで増えている
3.「過労死と不正は結びついている」という思いを強くする
例)東芝 経理不正 法律違反 過酷な労働状況
4.海外勤務者
5.警備員
多忙業種 テロ対策 若年労働者が入ってこない、高齢な警備員が過労で倒れる、亡くなる
6.建設コンサルティング社員
※政府の「働き方改革実現会議」の方針について
長時間労働を容認することになる危険が大であり、実効生のある改革が必要。
100時間と打ち出している。それ以下で設定していた会社については逆効果。建設、運輸は例外。意味がない。1歩前進とは言えない。
【5】健康経営により企業の健全な発展を
三井化学、いいモデルだと思う。産業医がしっかりしている。
【6】労働組合の役割
【7】緊急対策
1.勤務間インターバル規制
(参考)EUの「労働時間編成指令」
2.過労死をなくすための学校教育の促進
厚労省の出張講義事業
昨年度、全国で87回実施
今年度、全国で200回実施予定(中高が中心だが大学でも行う)
※厚労省のHP
http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000151995.html
質疑:
Aさん:教職員の過労に関する質問。一般的にはメンタルヘルスチェックや労働安全衛生員会などがあるが、教職員の実態はどうなっているのか?
川人:教職員のメンタルヘルスは民間以上に遅れている。教員特有の問題があり、課題。特に公務員。労働監督署にあたる機関がない。監視機関をどう作るかが課題。亡くなったりする方も多いが、申請する人が少ない。校長が申請をやめさせることもある。教員を含めた公務員の労働実態を深刻化させている。文科省が手を入れ始めた。過労死を含めた実態があまりにも酷く、無視できなくなっている。今、改革をするチャンス。
Bさん:教育関係者、元小学校教員。1989年に元教え子の父親・急死。脳の病気だった。葬儀で違和感を覚えた。葬儀を取り仕切る社員のシステマティックな対応、その後妻を雇用、訴えさせないための対策なのか?
川人:金融機関は、バブルの、は非常に多くの人が過労死したが、認定がされにくかった。山一倒産の時、労災申請が認められた。現在も銀行、証券会社は酷い状況が残っている。厳密なノルマ管理がある。
Cさん:元中学教員。教え子、後輩教員の過労死を経験してきた。日本に共通している「クライアントファースト」 夜、職員室に電話がかかってくる。
「目の前にいる働く人」に要求が向く。
川人:公務員は特に、「公共性が高いから働きすぎてやむをえない」という考えを変えなくてはならない。健康な教員の生活なくして、よい教育は行えない。大義名分以上の働きすぎをなくさなくてはならない。「ほどほどに」が大事、「身の丈にあった公共性、身の丈にあった便利さ」一般市民も見直さなくてはならないと思う。
Dさん:私立教員。夜10時まで電話がかかってくる。教員はブラック。卒業した高3の学年主任。実践として、3回位の卒業プログラムで労働問題を扱った。企業側の考え方、受け止めはどうなのだろうか?
川人:「長時間労働に取り組まなくてはならない」とか「会社の経営にとってプラスになっているのか」と考えるような企業が出てきていることも事実。 長時間労働が必ずしも成果に結びついていないと認識し始めている。
「長時間労働」は、かつては、日本企業の光と影。すなわち、光=企業の利益、影=過酷な労働。現在は影と影。今は改革のチャンスであると考えている。学校は、夜遅い電話などには「毅然とした対策」が必要だと思う。
実践報告:
高校社会科での「働くこと / 労働法制」についての授業実践から
北條 薫さん(私立高校社会科教員)
【1】勤務校の紹介
1.教育目標「人間の尊厳を大切にする」
2.100人からの教員がいるので、温度差はあるが、一人ひとりを大切にする教育実践をしていると思う。
3.教育の特色
①授業づくり中心の学校へとシフトチェンジ
②三者協議会を位置づけている
③生徒が主役になれる学校づくり
【2】進路指導の実態
2015年度3年担任 大学、専門学校、就職と多岐にわたる。フリーターも2名。
【3】卒業「後」を見据えての「キャリア教育」—3年総合「人権」から
①「憲法」「労働法」「長時間労働」「ブラックバイト」「パワハラ」「ユニオン」
など焦点を当てながら授業を展開。
②「ユニクロ」「マクドナルド」「電通自殺」「JKビジネス」など、細かく「血
の通った」教材の準備が不可欠。「理念」や「キレイゴト」だけでは伝わるは
ずがない。
③夏の講座など「青年ユニオン」などのスタッフを招き、講演を依頼。
質疑・交流:
Aさん:妻が私学で教員。生徒の大変さはわかった。世界の格差と貧困の上に生活が成り立つという授業は貴重。卒業後のアフターケアはどうなっているのか?
北條:卒業後も面倒を見なくてならない必要性を感じている。「無関心が差別を生む」を信念に授業を行っている。
Bさん:授業実践が「どれだけ生徒に定着しているか」ということもあるが、社会的機能を生徒に知らせておくことも必要なのでは。
教師のできること、できないことも区別しておく必要がある。
北條:セーフティネットにアクセスする力をつけておきたい。
Eさん:中学の教員(特別支援)。職場が息苦しい。生徒の感想がいい。
北條:労働のルールを知ろう、出退勤をつけよう、勤務の実態をメモをしようと伝えている。
綿貫:大学の講義でのユニオンの当事者の話は印象に残る(学生の感想から)。
Dさん:私学教員。素敵な授業だと思う。
生徒同士の関わりの薄さの話があった。アルバイトしている生徒が多いが、経験共有しているか? Posseの話を聞いた生徒が「残業代は2年度後でも請求できる」と知ったなど有意義だった。
北條:学びの共同体に限らず、仲間同士での語り合いは授業でも大事にしている。
Cさん:元中学教員。文科省が職場体験を5日間と提示しているが、「素直な文句を言わない労働者づくり」に手を貸しているんじゃないかというジレンマがある。教員志望の教え子、真面目な生徒が多い。「政治的中立」という言葉のとらえ方が違う。
Bさん:元小学校教員。川人さんの話と北条さんの話を結びつけると働き手と受益者という問題がある。学校にいることによって仕事が増える。帰ったもの勝ちというところがある。運動としてやるのも手ではないか。
働いている人が大変そうだから、「サービスはほどほどに」というように みんなでやっていくといいのではないか。
Eさん:中学の教員(特別支援)。研究会に出にくい。現場が忙しい、学校公開 部活…自分で、出勤・退勤時間つけている。雇ってもらう、選んでもらうための教育が蔓延していると思う。
司会:教員志望の学生は学校体験の良さをもっている。「いろいろな子どもがいる」という視点に立てない。中学生が10時、11時まで塾ってどうなの?
北條:教員の仕事は生産性が低い。生徒には「逃げてもいいよ」「休んでいいよ」と言っている。
参加者の感想
A:10年前の川人さんのお話が忘れられず、今日も期待して来ました。
厚労省の講師派遣の情報が手に入り、良かったです。ぜひ実現させたいと思います。(公立中学)では、こういうことを企画するのも様々、困難がありますが)
自分の職場もブラック、家族もブラック企業に就職して3カ月で退職。でも、こういうことは、周囲にゴロゴロとあります。
セミナーの開催、ありがとうございました。知人、友人、家族も誘ってこれず、申し訳ありませんでした。
B:中学校に勤務しています。自分のところをなんとかしないと話にならないと思っています。本日、あらためて、その思いを強くしました。ありがとうございました。
C:今の学校の病理、過労死社会との関係、いろいろ考えました。歴史の中で労働を感じることも重要だと思います。
E:過労死と労働環境の整備とが自分の中で結びついて、今回参加させて頂きました。
私が働いている湘南ゼミナール(学習塾)は、少し前にユニオンとの協議があり、それ以降、個別指導部門の労働環境が改善され始めています。(集団部門は少し前からすでに改善に入っています。) 労働環境は、アルバイト講師だけでなく正社員の方も改善され、意識の高まりを感じています。また、サービスに関しては、提供するサービスラインを明確に決めることで、かなり状況改善がされました。学校では一律化が難しい面もあると思いますが、学校の役割を見直し、サービスが明確になれば良いと思います。
F:雰囲気が和やかで参加しやすかったです。おかげで集中して聞くことが出来ました。後半の質疑も発言が様々な方から出されて参考になりました。
G:最近、教師のこのテーマの集いに出始めています。川人さんの話で、歴史的なひろがりからも理解できました。北條さんのお話も興味深く、参加の先生の???も啓発を受けました。ありがとうございました。
H:〇川人先生の講演~過労死の問題を歴史的にふり返りながら電通事件までの全体像を明らかにしたお話で分かりやすかったです。学校教育の場で過労死防止のために取り組むべき課題が明らかになったと思います。
サービス業での「お客様は神様」の問題は、社会全体で議論し改めさせていく必要があると感じています。(すぐに解決しない問題だとは思いますが)
〇北條先生の実践報告は、総合学習での「人権」の授業の紹介でしたが、紹介された過労死etcの教材を使った授業が、全体としての卒業「後」を見据えてのキャリア教育の中で、どのような位置づけの中で行われているのかを話してもらえるとよかったと思います。このような問題を全校的に学習させている学校は少ないので、生徒の感想やその後の状況の資料を提示してもらえると勉強になったと思います。
I:〇中学3年社会科で必ず『働き方のルール』授業をやってきました。興味、関心がとても高い。
〇「お客様は神様」的風土をいかに打破していくか…重要なテーマだと思います。ほどほどの便利さと公共性を考えていくという解答をいただき、納得しました。難しいですけどね。
〇シニア世代が自分の子や娘の働き方の異常さに悩み、青年ユニオンのかたを招いて学習会をしている地区があります。
〇中2の職場体験…「受け入れてくれる事業所に感謝して指示されたとおりにやりなさい」と中学校が指導しています。(翌年、受け入れてもらえないと困るので。) この指導こそ、労働者に権利があるということを落としてしまう原因?ジレンマです。
〇最近の若い教員こそ、「まじめ」「良い人」すぎて、働くものとしての権利があることを知らない。「政治的中立」をいわれて「投票」に行ったことがないという場合も。何をどうやっていったらよいのか考えています。
J:今日の学習会は本当に有意義でした。
川人さんとは『教育』教師自殺テーマ座談会でご一緒したことがあり、その前から著書を含めて関心をもってきました。高橋まつりさん事件の担当をされたことを知り感激しました。
北條さんのお話も、具体的な子どもの様子や実践のあらましがわかって、自分には何ができるかを考えることにつなげることができました。
ありがとうございました。
K:様々な学校現場の先生方の質問、意見を頂き、元気になった。”労働と子ども“というテーマに対して、共通の認識を持っていたので、安心した。
こんな発表でよければ、また発表させてください。こうやって、話を共有するだけでも、次の「教育活動」に生かせるのだと思う。
L:10年前、全進研夏の大会で、川人博さんの講演を一橋大学兼松講堂でお聞きしたのを思い出していました。疲れた青年が、どんなに危険な状況で作業していたかを、演劇の装置のように実物大の足場を舞台上に組んで、実演してくださったと記憶しています。川人さん固有の実直さで私たちに訴えられたのであったと思います。その姿勢を地道に一貫されて、ますますお元気。10年前より10歳ほど若返られたのでは…(情熱ですね、きっと)。うれしいことです。今回、懇親会では、30になられたばかりの青年教師のお二人に接し、とても心強く頼もしく感じたのと同時に、70過ぎた私は何ができるだろうと反省。とりあえずは、セミナー書籍コーナーで買った「過労自殺」と「POSSEvol.34」2冊を、まずはしっかり読みたいと思います。